ストール旗手の物語 (抄)

フィンランドのロシア併合から1世代くらいの間は,かつて,アドレルクレウツ陸軍少将,ドベルン陸軍中将,サンデルス陸軍元帥らの指揮の下に戦った兵隊たちが生き残っていた。過去の思い出の中に生きていた彼らは,戦争の時代を大切に思い,勇敢で胸がすくような手柄話や,歴史家たちが忘れてしまったような細かい事実を,いくらでも語ることが出来た。1820年代の初め,ヨハン・ルートヴィヒ・ルーネベリという名の大学生が,このような老兵士の語る話を,ルオヴェシ村で聞いた。ルーネベリは,子どものころ起こった戦争のことを覚えていた。4歳のとき,生まれ故郷のピエタルサーリ (ヤコブスタド) の町で,フィンランドのドベルン陸軍中将と,相対するロシアのクルネフ陸軍少将を目撃していた。北欧の名詩人の名を得ていたルーネベリは,子どもの頃の体験に基づく記憶と,年老いた英雄たちの話をたよりにして,戦争の回想を『ストール旗手の物語』というタイトルで,2回に分けて出版した。この作品ほど熱狂的に迎えられ,愛好された詩の本は,わが国の歴史では例がない。老いも若きも,この本を読んで同じように感動した。この昔話を聞くと,少年の心臓は激しく鼓動し,乙女の頬は赤く輝き,厳格で,無骨な男たちも涙を流さずにはいなかった。

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『ストール旗手の物語』は,「わが国」という国民的な詩ではじまり,戦争の出来事を大学生に語る貧しい老兵士がまず登場する。ついで,とくに決った順序なしに,上級兵士と下級兵士,勇敢な兵士と臆病な兵士が次々に登場し,いきいきとした姿でよみがえる。

(松村一登訳)

— Z・トペリウス(1875)『読本 わが国』より

更新日:2005/11/15 — Copyright © 2005 by Kazuto Matsumura